左右のバランスは重要?
こんにちは、杉山です。
不定愁訴を抱える方で何気に一定数いらっしゃるのが、左右のちょっとしたバランスの違いを気にされる方です。
バランスと一言で言うと少し曖昧ですね。
ここで言っているのは肩の高さや脚の長さが数ミリ違うとか、骨盤の高さがちょっとだけ違うといった見た目の事であり、それが症状に結びついているのではないか?と考える方の事です。
(何センチも大幅に左右差があれば、それは生活に支障が出てくる可能性はありますので、今回はほんの僅かな差を気にする方を対象として書いています。)
確かに人間は精密ですが、左右が完全に対称であるということはほぼありえないでしょう。
顔だってよく見れば左右の造りが違います。内臓の位置だって左右対称ではありません。利き腕や利き足があるように、体の使い方だって偏りがあります。
そもそも数ミリ違っただけで生活に支障を来すような生き物では、現在まで生存競争の中で生き残れなかったとすら思います。
であれば数ミリの違いというのは実は全く問題無くて、骨格などの持って生まれたものかもしくは普段の体の使い方などによって定着した筋肉のアンバランスだと言えるでしょう。
従って症状を改善する際は僅かな左右差という「結果」ではなく、普段の生活習慣や体の使い方という「過程」に目を向けるべきだと考えます。
人間は精緻ではありますが、もっと凄いのは「誤差の許容」だと私は思います。
多少の違いは体は受け入れてくれるのです。

不定愁訴を抱える方で何気に一定数いらっしゃるのが、左右のちょっとしたバランスの違いを気にされる方です。
バランスと一言で言うと少し曖昧ですね。
ここで言っているのは肩の高さや脚の長さが数ミリ違うとか、骨盤の高さがちょっとだけ違うといった見た目の事であり、それが症状に結びついているのではないか?と考える方の事です。
(何センチも大幅に左右差があれば、それは生活に支障が出てくる可能性はありますので、今回はほんの僅かな差を気にする方を対象として書いています。)
確かに人間は精密ですが、左右が完全に対称であるということはほぼありえないでしょう。
顔だってよく見れば左右の造りが違います。内臓の位置だって左右対称ではありません。利き腕や利き足があるように、体の使い方だって偏りがあります。
そもそも数ミリ違っただけで生活に支障を来すような生き物では、現在まで生存競争の中で生き残れなかったとすら思います。
であれば数ミリの違いというのは実は全く問題無くて、骨格などの持って生まれたものかもしくは普段の体の使い方などによって定着した筋肉のアンバランスだと言えるでしょう。
従って症状を改善する際は僅かな左右差という「結果」ではなく、普段の生活習慣や体の使い方という「過程」に目を向けるべきだと考えます。
人間は精緻ではありますが、もっと凄いのは「誤差の許容」だと私は思います。
多少の違いは体は受け入れてくれるのです。

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